2024年9月13日
たまに、他の会計事務所のパートナーの方々とお話をすることがあります。その時に一番と言っていいほど皆さんが口にする話題と言えば、事務所を早く辞めたいこと、そのためにはあと何年間年金を貯めなければいけないのか、そうすれば何歳で退職出来るのか、その後に自分がやりたい事は何か、そのために何をしているか、などということです。ほぼ、全員が同じようなことを話していると言っても過言では無いかも知れません。それだけ、日々の激務をこなし、プレッシャーと戦っているのだと思います。
そういう話を聞くと、僕も6年前までは仕事が嫌いだったなあ、とふと思い出します。当時は利益も十分に出ないようなボロ事務所で、社員が向く方向もバラバラ。社長をしていても何も楽しくありませんでした。明らかに、自分が理想とする会社では無かったですし、何より会社のことを好きな社員がいないという不健全な状態でした。会社がボロボロだった理由は明快で、経営者の私が「ちゃんと経営をしていなかったから」に尽きます。単純に、私がサボっていたからです。そこで、2018年に弊社のビジョンを「世界一働きたい会計事務所をつくる」とし、ようやく真剣に経営と向き合うことに決めました。ビジョンを発表した当時の社員の反応が、白けていたことを良く覚えています。
「世界一働きたい会計事務所」といっても、人によってどういう会社や会計事務所で働きたいかは様々かと思います。一般的に人が集まりやすい条件としては、給料が高いこと、労働時間が短いこと、フレキシブルな働き方が出来ること、休暇が取りやすいことなど、目に見える単純な条件が多いのでは無いでしょうか。
もちろん、それらすべては十分に理解できますし、それぞれが置かれた環境や家庭の都合により、労働時間が制限されたりすることもあるかと思います。しかし、そういった物質的な条件をすべて踏まえた上で、私が一番大事だと思うことは、何より「成長できる会社であること」です。社員一人一人が自身の能力を高めることが出来ること、そのための環境があること、会社自体が成長していること。それらを実現できない会社で無ければ、存在意義すら無いと思っています。
それでは人は、どうしたら成長できるのでしょうか。それは、ズバリ、努力をすることです。とは言っても、トンチンカンな方向に努力を重ねるのでは時間ばかり無駄にしますから、大きくは正しい方向に向かって努力をしなければなりません。
同時に、私が大事だと思うのは、「働くことが楽しい」と思える会社であることです。大手は規模では世界一ですし、給料水準も世界一かも知れません。しかし、リーダーが集まっては仕事の辛さ、面白くなさをあたかも自慢のように話す会社で私は働きたいとは思いませんし、それが私自身の最大の退職理由でした。未来の自分の姿をその会社の中に見ることが出来なかったのです。
私の人生で「社員が楽しそうに働いている会計事務所」を見たことがあるか、と言えばほぼありません。それは、「仕事がノルマ」になっているからでは無いでしょうか。会社から与えられた仕事の量をこなす、上司が言うからやる、決められたやり方から逸脱せずにやる、仕事とは、そういうことの繰り返しであると思っている人たちが楽しそうに仕事をするでしょうか。
一方、「仕事を通じて、自分が成長したい、人の役に立つ人間になりたい」と心から思っている社員が働いている会社はどうでしょうか。会社から与えられるから「しょうがなく仕事をする」のではなく、仕事をすることで自身の能力が高められ、それが個客のためにより良い仕事をすることにつながり、その仕事に喜ぶ個客の姿を見て、素直に嬉しいと思える、そんなマインドセットを持った社員が働いている会社は、勢いもありますし、何よりも魅力的です。そして、そう言った正の連鎖が、会社の利益、社員の給与水準の上昇につながって行けば、それは本当に素敵な会社ではないでしょうか。
人は、誰もがまずは与えてもらうことを欲します。「仕事をするのはいいんですが、それで幾らくれるんですか?」というのがまず頭の中にあり、それ以上の仕事をすると、自分が損をした気分になるというのが普通の人の発想です。これは一見フェアな考え方に見えますが、実はその考え方が自身の成長を阻害しているということに気づいていません。
しかし同時に、社員のやる気・労働力を搾取しようとする会社が多くあることも確かです。私も、パートナーになった時にはまず、「社員をどれだけ働かせるか、どれだけ報酬を抑えるか」が、マネジメントの仕事だと教えられましたし、それを実行しようとしていました。しかし、実際にはその考え方が会社を負の連鎖に落とし込み、ボロボロにしてしまいました。
それとは対照的に、もしリーダーが、「自分の部下をどれだけサポートすることが出来るか、どれだけ報酬を上げることが出来るか」を常に考えていたとしたらどうでしょうか。その思いが部下に伝われば伝わるほど、段々と、この人と一緒に働きたい、この会社で働きたいと思うようになるのでは無いでしょうか。
この5年間、私がやってきたことはシンプルです。単純に、「自分がもらうより前に、部下に与えること。また、自分が個客に褒められることよりも、どうすれば部下が褒められるようになるのかを考えること」、このことだけを頭に置いて、常に仕事をしてきました。
最初は、私の取り分が減るような気がして、割に合わないな、と思っていました。しかし、それでも自分のエゴを抑え、正しいと思ったことをやり続けていたら、自然と部下の笑顔が増え、仕事の品質が上がり、社員の定着率も上がっていったのです。
自分の視点を足元に置くと、自分よりも先に人に与えることは、少し損をした気持ちになるかも知れません。しかし、目線を上げ、何年も先を想像してみると、与えられて育った部下たちが、生き生きと活躍する姿が目に浮かびます。そして、それだけで少し嬉しい気持ちになります。実際に、数年もしないうちに、会社と社員が成長していることを実感するようになりました。それが仕事の質の向上につながり、最終的には報酬、給料の上昇にもつながって来たのです。
会計事務所の仕事は、今後もきっと大変でしょうし、プレッシャーも常にかかるかと思います。しかし、そういう中においても、自らが成長するための努力を怠らず、高めた能力で人に何かを与えることが出来るようになり、周りの人たちも幸せにすることが出来るようになる、そのような社員が育てば、必ず仕事が楽しく思えるようになるはずです。努力の過程では苦しいことや不公平を感じることもたくさんあると思います。しかし、その大変さを乗り越えた先にだけ、輝いた自分を見ることが出来ると思いますし、同時に、周りの人たちも幸せにしているはずです。
そういう社員たちがたくさんいる会社は、確実に成長を続けるでしょう。そして、それこそが「世界一働きたい会計事務所」では無いかと、私は思うのです。
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