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経営者の視点から 「何が社員をやる気にするのか ~経営者編~」

更新日:2023年1月11日



実は私は、「自分がどのようなことをしたら、社員がやる気になるのか」の問いに対して明確な答えを持っていません。未だに答えはないままですが、今回は、自分で実際に経験した中で見出したことをコラムに綴りたいと思います。


世の中には、リーダーとして人を惹きつける人たちがいます。近年では、トランプ大統領やイーロン・マスク氏のようにトップダウン式の経営で強烈な印象を残す人もいれば、ガンジーや西郷隆盛の様に私を滅して他者のため献身に徹する人もいます。


私は子供の頃、戦記物を読むことが好きでした。数百年の時を経てもなぜか現代人の心を惹きつける、歴史的な偉人達にどこか憧れを感じました。こういった偉人に憧れを抱く一方、若い頃の私は、身近にいる大人たち、例えば父親のことは尊敬しておらず、どちらかと言えば嫌いな方でした。私が覚えている父の姿は、毎晩飲んだくれ、子供が寝る前に帰って来ることは少なく、帰って来たかと思ったら、弟に相撲を仕掛けて泣かせる始末。職場では大して出世することも無く、母とはお金がないと絶えず喧嘩をしていました。このような環境で育ったので、子供心には、お金持ちの家に生まれていたらなぁ…と恨めしく思ったり、早く大人になって自分で稼げるようになりたいと思っていました。高校卒業後、大学は米国に留学することを決めましたが、両親だけでは留学費用の全てを出せる訳でもなかったので、お金が無くなっては日本に帰国して、土方やトラックの積み込みのアルバイトをして足りない学費を稼ぎ、またアメリカに帰るということを繰り返していました。こうして、6年かけてようやく大学を卒業することが出来ました。


当時の私が考えていたリーダーシップとは、「他者に抜きんでた能力を持つこと」でした。それは、大学時代にスポーツや、勉強に打ち込んだ結果、自分の周りに人が集まって来たことから、「能力を高めること以上に人を惹きつけるものは無い」と身をもって経験したからでした。特に社会人なってからは、アメリカで生き残っていくためには、自分の実力を高めるほかないと決心し、仕事に打ち込みました。こうした努力も実り、最初の就職先では5年ほどで課長に昇進し、年収も父を追い越し、社会人8年目には独立起業をする道が開けました。シアトルでの起業後にロサンゼルスの事務所と合併し、従業員も増やしました。部下に対しては、自分の経験から「能力を高めることこそが自分の利益となる」と話をしたり、ただひたすら良い仕事をすることを美徳とし、出来ない時には叱り飛ばすことも多々ありました。このようなやり方で会社も少しずつ成長を続け、表面上は色々なことが上手くいっているように見えました。


しかし、今から5年ほど前、急に5人の社員が一度に辞める事態が起きました。当時の私は、大切な従業員を失ったことに対する焦燥感や苛立ちがある中で、原因はどこにあるのか、なぜこのようなことが起こったのか、理由がわからずひたすら悩み続けました。現実と向き合い、一つひとつ丁寧に分析していくうちに、初めは気づいていなかったある部分が浮かび上がってきました。それは、自分自身のリーダーシップのあり方でした。


当時の会社は、社員同士の雰囲気が悪く、どこかで上手くコミュニケーションがとれず、会社全体の歯車が回っていないという印象でした。私には、知識、経験、技術において、他社より遥か先を走っているという自負があり、それは、客観的に見てもそうだったと思います。それなのに、なぜかそれだけでは足りていない、何かが欠けていました。自分では認識しつつも、それが一体何なのか、周囲に教えてくれる人はいませんでした。何とかしたい!その一心で色々な書籍を読み漁り、その中で、稲盛和夫氏のあるエピソードと出会いました。


同氏は、2009年当時、低迷していたJALの再建を齢80歳近くという高齢の身で引き受け、ご自身の経営哲学の実践とによって改革し、遂に復興へと導かれました。ここまでは私も知識として知っていたのですが、ご自身が高齢であることや業界経験の無さを理由に何度も断り続けながらも最終的に引き受けた理由に、私は深い感銘を受けました。それは、JAL社員のこれ以上の解雇を避けるため、また日本経済の低迷を避けるためというものでした。そして、同氏はこれらの重責を担いながらも、JAL会長職を無報酬で引き受けたのでした。同氏の自身の利益を顧みずして他者へ善かれしと献身的に奉仕する「利他」の精神は、アメリカで高等教育を受けて仕事をしてきた私にとって、衝撃的な価値観でした。なるほど、この人だからこそJALの復興が可能だったのかと納得すると共に、私は到底この方の足元にも及ばないと思いました。しかし、そうは言っても、私の会社は何かしらの変革を必要としている、それは確かなことでした。


私は、何をどうやって変えなければいけないのか、繰り返し昼夜を問わず考え続けました。そしてある日、ふと父のことを思い出しました。私が社会人になった後、実家に帰って、父親が会社に行く姿を見た時のことです。父はペラペラのスーツに合皮の革靴を履いていました。私は、もう少し良いものを買えばいいのに…と後姿を見送りながら思った直後、はっと気づきました。父は、お金が無かった訳ではないのです。ただ、私の留学に何百万円も使い、さらには大学生の末弟もいたので、自分が稼いだお金はすべて子供たちのために使っていました。父は、私たちに愚痴一つこぼすことなく、毎日会社に通い、ひたすら真面目に働いて、子供たちに仕送りをしてくれていました。仕事における父の能力は、出世を遂げていく同僚に比べて、もしかしたらそれほど高く無かったのかも知れません。しかし、たとえ能力が無かったとしても、自分が出来る最高かつ最大限のことを、子供たちのためにしてくれていたのでした。この瞬間、私は、「たとえ才能に恵まれなかったとしても、諦めたり投げ出したりするのではなく、自分で出来る最大限のことをやっていくのがリーダーというものではないか」、そう気づきました。


その日を境に、私は自分の考え方のすべてを変えました。それまでは、「何かをやってあげれば、必ず見返りがある」と当たり前に思っていましたし、それがお互いにとってフェアなやり方であると信じて生きてきました。しかし、もはやそれがどうでも良いことのように思えてきたのです。私はただ、社員の成長のため、そしてお客様の成長のためだけに仕事をする、それが私の生き方だと決めました。そう決心が固まった時、自ずと会社の経営に対する方向性も見えてきました。


稲盛氏は、会社には社員が同じ方向に向かって進んでいくための社風や哲学が必要だと仰っていました。しかし、私にはどのように哲学を作っていけばよいのか分かりません。周囲の経営者仲間に相談してみましたが、誰からも明確な答えは得られませんでした。会社に必要なものは何かとひたすら考え続けた結果、技術、サービス、チームワーク、時間、営業、そしてオーナーシップが企業を形作っており、これらを座標軸(Axis)として充実させていくことが会社の成長につながると気づきました。次に、その座標軸を安定させるための具体的な行動哲学が必要だと考えましたが、私一人の能力では十分な内容になり得ないと感じました。そこで、私は「会社の軸をつくるぞ!」と社員に声をかけ、Beer Bashと称して飲みに誘いました。最初はついて来る人はほぼいませんでしたが、タダ飯も食えるし(?)というので、1人、2人くらいが来てくれました。毎週毎週、今日は技術の話をするぞ、今日はサービスの話をするぞ、これは面白くなるぞ、と言い張っては社員を誘ってガヤガヤとビールを飲み、それぞれの本音を語り合いました。いいことを言う社員がいたら、「それ、面白いね!」と言ってはメモを取り、飲み終わる頃には何ページもノートを取っていました。週末には、ノートをまとめ、皆にメールを送って共有し、それを繰り返していくうちに最初は乗り気ではなかった社員たちも自然と集まるようになり、次々と良いアイディアが飛び出してくるようになりました。


こうして、弊社は会社の哲学を皆で考え、本当にそれが正しいかどうか、話し合いながら決めてきました。皆で考えを持ち寄って創り上げた座標軸には、私の視点をはるかに超えたプロフェッショナルとしての本質が記されており、真に喜ばしいことには、社員の皆がそれを正しいと感じ、共感してくれるようになりました。今日、この座標軸は「TOPC Axis」として共有され、社員一人ひとりが業務を行う際の拠り所としています。また、Beer Bashも今では毎週全員参加で話し合うようになりました。


このように、どん底の経営から回復までの道のりを経験した私が言えることは、社長というものは、社員の一人ひとりを自分事として捉え、たとえ見返りが無かったとしても、社員たちの成長と幸福を追求し続ける存在であるべきではなかろうか、ということです。どこの会社でも、基本的に社長というのは仕事が出来たり、営業ができたりと優秀なものですが、社長一人の力では出来ることに限りがあります。会社を背負う者はそこに気づくべきであり、社長は社員一人ひとりが能力を発揮できる土壌を用意し、その上に社員が力を積み重ねて成長していく、そういう環境を整えることが、社長の役割であると思います。今もまだ完璧ではなく、常に改善を続けている中ではありますが、以前に比べると、各段に社員たちが楽しいと思って主体的に仕事に取り組んでくれるようになりましたし、社員たちの力によって成長を始めていることを実感するようになりました。


私は若い頃、父に不満ばかりを持っている人間でした。しかし、父が子供たちにしてくれたことと、偉大な経営者が取られた行動とを重ね合わせた時、初めて父が人生をかけて何を教えてくれたのかに気づきました。リーダーとは、「自分の持つ全ての能力を周りに惜しみなく与え続ける存在」だということを。その偉大さに気づくのに、私は30年近くかかりました。親子の関係ですら、30年かかるのですから、どれだけ努力をしても、社員には一生届かないものなのかも知れません。だから、私は「自分がどのようなことをしたら、社員がやる気になるのか」の答えを持たないのです。しかしそれでも経営者として、社員のために私が出来ることをすべてやり続けようと思うのは、それが父が私に遺してくれた哲学であり、最高の生き方だと信じるからです。







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