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批判と具体的建設案はワンセット


このコロナ禍の中、「政府は何をしているんだ。」という声が良く聞かれます。私も日本政府の対応はどうしてこうも遅いのだろう…とニュースを見ながらやきもきしていた方ですが、その遅さには、政府の構造以外の理由があるように感じています。例えば、国会答弁のニュースを見ていると、野党が次から次に質問をしているのですが、おおよそ、「自民党は何をしているんだ?」「なぜそれが出来ないんだ?」と言っているばかりで、具体案が一切出て来ないのです。「答弁」と言いつつ、ほとんどの場合は答えを求めているようにすら見えません。これでは、審議がスムーズに進むどころか、より良い案に仕上がっていくことすら期待が出来ません。


一体、なぜそのようなことになっているのか。理由は大きく二つあるように思います。


一つ目は、答弁の目的です。野党の答弁の目的が、「いかに政府が無能で無策であるかを証明し、政府・与党の人気を下げる」ことにあり、「どうやって政府案をより良い案にするか」に無いように感じます。つまり、相手を落とすことによって自分たちの人気を保持することに重きを置き、審議のスピードと政策の改善には重きを置いていないのです。


二つ目は、具体的な建設案を提示すると、その案に対する責任が生じるからです。つまり、その案が政府案よりも優れていることを説明する能力と、その案のオーナーシップを取る勇気が提案者には必要になります。その能力と覚悟が無い人は、具体的な案を提示することは無いでしょう。ニュースにそのような人が映ることが少ないのは、それだけの能力と覚悟がある人が少ないということなのかも知れません。


言う間でも無いことですが、何より大事なのは、国民のために、スピーディーに最善の政策を展開することのはずです。建設的に批判をするべきところを、非難の応酬で終わってしまっている所が、今の日本の国会であると感じます。しかし私は本当の問題は、これが国会の場だけでなく、日本人が元々持つ、「出る杭を打つ」「足を引っ張る」気質に深く根付いている所があり、国会だけでなく、各会社でも日常的に起きていることでは無いか、と感じていることです。


非難と批判の違いは、「相手の成長と計画の成就を心から願うか否か」の心根の違いに尽きると思います。心無い非難をする者は、その時はあたかも自分が偉くなったように感じるかも知れませんが、実際には相手を貶めるばかりか、組織の雰囲気を悪くし、回り回って自分が働く環境を悪くすることに気づいていないのです。真に相手の成長を思う人は、自分の保身のためでなく、どういう努力をすれば良いのか、どう行動すれば良いのか、相手に分かりやすく、具体的な指針を示すことでしょう。真に計画の成就を願う人は、計画のどこが悪くて、どうすればより良いものになるか、建設的に話し合う土台を作ることでしょう。つまり、発言の内容は「発言者の心のベクトル」で大きく変わるため、発言者の心の持ち方こそが、何よりも大事なのです。国会に置き換えれば、あたかも敵に塩を送るかのように見えるかも知れませんが、実際にはそれこそが国民のためであり、国会議員全員、そして国会組織全体のレベルアップにつながるはずなのです。結果相手の能力が上に行ったとしても、それを上回るだけの努力をし、結果を出す、それだけの気概を持った議員がおられれば、私は真っ先にその方に投票したいと思います。


そして、話し手以上に、受け手の心構えもまた重要になります。組織内で上に行けば行くほど、知識と経験が増えれば増えるほど、批判を受けることが少なくなるものです。


「およそ主君を諫める者の志、戦いで先駆けするに勝る。」 


天下を取ってもなお、徳川家康は市井の声にも耳を傾けたと言います。確かに経営者になるような人は、それなりの知識と経験があってその立場にいることが多いものですが、人間一人の知恵と能力など、たかが知れています。上に立つ人ほど、自分の行いを正し、会社を改善しようとしてくれる部下の言葉に耳を傾けるべきなのです。


実際には、私自身も、ズケズケと部下に諫言を受けると、プライドが傷つくこともありますし、ムッとすることもあります。しかし大事なのは、自分の小さなプライドではなく、社員全員が幸せに働くことが出来る会社を作り上げていくことなのです。例え新人であったとしても、正しいことは素直に受け入れ、組織の発展のために役立てる、その心構えが経営者には必要なのです。だからこそ、経営者は自分一人の存在を超え、常に社員と組織の成長を願う存在で無ければならないのです。