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他責NG


私は生来弱い人間で、プロジェクトが失敗すると、自分のせいでは無く、上司のサポートが無かったからだ、とか部下が間違いを犯したからだ、という思いがまず最初に頭をよぎる人でした。実際には、部下の管理を怠り、上司への的確な報告を怠っていた自分の責任なのに。米国の会社だったから、と言うこともあるかも知れませんが、当時私が所属していた組織の中でも、多くの人たちがそのような思考を持っていたように思います。That's not my fault - 景気が、部下が、組織が… 常に他に意識を向けさせ、自分の責任を曖昧にする人が多く、それをどれだけ上手に出来るかが処世術というか、昇進へ必要な能力のように見えました。しかし、腹の中ではそれが正しいことのように思えず、私はその組織を去り、自分で経営をする道を選びました。


他責NG という言葉は、 弊社のマネージャーが、前職の会社で大切にされていた言葉だと言って教えてくれました。「誰かのせいで...」「何かのせいで...」「時間が無くて...」と他人事のように話さず、与えられた条件の中で何が出来るかを考え、行動すること。それがその会社の文化だということでした。良く見ていると、彼は失敗に対して言い訳をしません。与えられた予算で何が出来るかを自分で考え、私に報告をします。そのプロジェクトでどのような作業が必要かを書き出し、部下に説明をします。進捗を確認しながら、適時お客様に報告をします。分からないことがあれば、自分で調べ、それでも分からなければ、私に的確な質問をします。プロジェクトにオーナーシップを持ち、上下左右、全体を見渡しながら仕事を進めて行きます。プロジェクト自体を自分のものとして捉え、与えられた環境の中で、最大のパフォーマンスを発揮することを目標としているのです。仕事を任せていて安心感があります。人として、プロフェッショナルとして、素晴らしい、と私はそれをいつも感心して見ています。


私は、若い頃から「誰も仕事を教えてくれない。」、歳を取ってからは「誰も経営を教えてくれない。」と、いつも不平不満を心に抱いていました。学生時代まで遡ると、お金が無いことが不満でした。渡米後、資金確保に時々日本に帰ったので、大学卒業に6年を費やしました。お金が無いのでクーラーもついていないポンコツ車を乗り回し、女の子をデートに誘うにもかっこ悪いのが嫌でした。お金持ちの家に産まれていたら、とたまに恨めしく思うことがありました。社会人になった後のある年、実家に帰って、父親が会社に行く姿を見ました。ペラペラのスーツに合皮の革靴を履いていました。あれは一体一着いくら、一足いくらなんだろう、もう少し良いものを買えばいいのに…と後姿を見送りながら思った直後に気づきました。実際には、お金が無かった訳では無いと思います。ただ、私の留学に何百万円も使い、さらにまだ弟たちも大学に行ったので、自分が稼いだお金は、すべて子供たちのために使っていたのです。その時に、初めて親の偉大さに気づきました。自分が欲しい物も買わず、節約に節約を重ねて自分たちが出来る限り、大学の費用を捻出してくれていたのでした。もし親の協力が無ければ、私も卒業に6年でなく、8年は掛かったことでしょう。それまで、自分が不満を持っていたこと自体が、恥ずかしくなり、心から感謝の気持ちを持った瞬間でした。


マネージャーからは、オーナーシップを取る勇気、責任を取る痛み、 周りの人から学ぶ謙虚さ、そして素晴らしい部下が会社にいてくれることへの感謝を学びました。父親からは、自らを顧みず、周りの人に尽くす愛情を学びました。


オーナーシップ、責任、反省、謙虚さ、愛情、時に痛み。他責NGを自分のものにするためには、それだけの覚悟と努力が必要です。私自身、これからも何度も何度も、失敗を繰り返していくことかと思います。しかしその度に、他人の責任にすることなく、自分がその環境で何が出来たのか、本当にそれが自分の100%だったのか、常に自分に問いながら進んで行きたいと思います。


最後に、多くのことを教えてくれた父親は、残念ながら引退前に亡くなってしまい、子供たちのために働き詰め、質素な生活を送っただけで終わってしまいました。私は結局、親孝行をしてあげることは出来ませんでしたが、父は、それだけの愛情を子供たちに残してくれました。社員たちからしたら本当に頼りない社長に見えるかも知れませんが、父がしてくれたように、社員全員を愛し、これからも少しでも、皆が成長できる会社を作ることに、全力を傾けていきたいと思います。