2年少しほど前、青色LEDの開発でノーベル物理学賞を取られた中村修二先生とお話をする機会がありました。本来の目的は、仕事の話をすることだったのですが、秘かに当時出来たばかりの弊社の経営哲学「TOPC Axis」、その中でもTech Axisという技術哲学のドラフトを見て頂こうと思っていました。そんな魂胆とは露知らず、一通り仕事の話を終えた後、食事を待つ間にさっとAxisを渡された時、中村先生は面食らった様子で「え、ワシゃ、会計事務所の技術なんか全然分からんよ。」と仰られました。しかしノーベル物理学賞受賞者に技術哲学を見てもらう機会など、そうもありません。私は「会計事務所でも、開発でも、製造でも、人として必要となる考え方の本質は皆同じはずです。先生が読んで正しいと思えば良いですし、欠けていることがあったら教えてください。」と食い下がりました。先生からしたら、また変わった会計士が来て、とんでも無いことを言い出すものだ、と思ったことでしょう。苦笑いしながら、弊社のAxis、「基本を外さない」「なぜなぜ」「バイアス・SALYの消去」など、読み進め話をしながら、なるほど、なるほど、と「うん、これはいいんじゃないか。」と仰いました。
しかし、私としては通り一遍見てもらうだけでは、また困る訳です。そこで、先生に「このAxisがあれば、ノーベル賞を取れますか?」と聞きました。先生はまた、面食らったような感じで、「それは分からんけど…」と笑いながら青色LEDを開発をした時のことを話してくれました。中村先生は、彼が他の研究者と違った所は、理論だけでなく自分の手で、窒化ガリウムの焼成に必要な窯の改造を続けた所なのだそうです。青色LED を作るには透明な窒化ガリウムの膜が必要なのに、市販のMOCVD窯では真っ黒なものしか出来ない。透明な膜を作るために何が必要なのか、若い頃の研究で何度も失敗しながら習得した溶接の技術など、知識と経験を全て投入し、朝は装置の改造、夜は実験という日々をひたすら続けたそうです。ノーベル賞受賞者と言うとかっこいいイメージがありますが、実際には埃まみれ、汗まみれでトンチンカンチンと窯の改造を続けたそうです。
しかし私にはまだ、上司や同僚に「開発を止めろ。もっと売れる商品を作れ。」と言われる中、先生が信念を曲げなかった理由が分かりません。そこで先生に、「どうして開発を続けることが出来たんですか?その原動力は何ですか?」と聞きました。すると先生は、「怒りだね。そして直観だよ。ワシは、世界一の窯を作ったら、世界一の膜が出来ると思った。その直観があったんだよ。だから誰に何を言われても、作りあげたんだよ。」と言葉少なに仰いました。なるほど、直観か…と思いつつ、まだ納得が出来ません。私はどうやって直観が生まれたのか聞いてみました。そうすると、「ワシはお金の無い会社に勤めてたから、電気炉にしろ、若い頃から要らなくなったレンガやら、鉄板やら、部品やらをかき集めて、自分で作ってたんだよ。その下積みの経験があったから、既存の窯ではダメなことも分かったし、自分の手で世界一の窯を作る、って思えたんだよ。」先生によると「若い頃の失敗」のレベルもまた素晴らしく、少ない予算で建てた掘っ建て小屋の研究室を、大爆発で吹き飛ばしてしまうレベルの失敗を何度も重ねたそうです。「下積みが絶対に結果を生み出すとは限らないよ。でも下積みの努力が無ければ、絶対に直観は生まれなかったよ。その上で、どうして失敗したのか何度も何度も考え続ける。どうしたら成功するのか何度も何度も考え続ける。直観が見えるまで努力を続け、失敗を続け、考え続けるんだよ。」
"You can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backward. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future."
青色LEDを発明するような天才でも、iPhoneを世に送り出すような先駆者でも、結局下積みの努力を避けている人など一人もいない訳です。才能に恵まれていないのは変えようがないことかも知れません。しかし、自分が実現しうる最高の結果に、いつかたどり着くことだけを信じて努力を続けるしか無いのです。別に発明レベルの話でなくても良いと思います。日々の仕事を見た瞬間に分かるようになる、そんな小さな直観の積み重ねでも良いのだと思います。その積み重ねたdotsがいつか、大きな結果につながる日が来るかも知れないのです。
中村先生のお話から、弊所のTech Axisに「直観を生み出す - Mine Your Intuition」を加えました。だいぶあれこれ突っ込んで聞きましたが、面白がってくださった所もあったようです。私のような若輩に話をしてくださった中村先生に感謝です。
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