経営者の視点から ~真の勇気を持つ~
- TOPC Potentia
- 10 分前
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2025年10月15日

「あの人は勇気がある」と言った時、勇ましさは感じますが、どことなく、曖昧にその意味を理解していることが多いように思います。例えば子供の頃、私は二階の踊り場から飛び降りたり、大きな蛇を素手で捕まえるような度胸試しを、「勇気」だと勘違いしていました。しかし、歳を重ねるにつれ、それらは単なる「蛮勇」であり、真の勇気とは違うことが、分かるようになってきます。
若き日の衝動的な行動と、真の勇気は何が違うのか。それは、その行動が「信念」に根差しているかどうか、です。
かつて、日本人の気質を英語で表現するために、私は新渡戸稲造の『武士道』を読み込んだことがあります。心の奥底で共感するものが湧き上がるのですが、しかしそれをどう普段の生活、特にビジネスで生かすものか、本質的なことを深く理解していなかったために、実践できていないことが多くあったように思います。それから20年以上経ち、今回、Beer Bashでスタッフと議論を交わしながら、私自身、改めて多くの気づきを得ることができました。今一度、私たちが信じる真の勇気とは何かを、ご紹介したいと思います。
正しいと信じる道に、一歩踏み出す勇気
会社やクライアントにとって「これが正しい」と確信するアイデアを持っていたとしても、周囲の反対や、前例がないという理由で、批判を恐れ、その一歩を踏み出せずにいたことはないでしょうか。新しいことに挑戦する時には、常に失敗のリスクと、未知の困難が待ち受けています。「失敗したらどうしよう」と、心がぎゅっと縮こまってしまうこともあるでしょう。ですが、成功した経営者や偉大な発明家で、失敗を経験しなかった者は一人もいません。 彼らは皆、数えきれないほどの失敗を繰り返し、その度に改善を重ね、やがて成功をつかみとってきたのです。真の勇気とは、自分の信念のもと、正しい道が見えているのであれば、安全な場所にとどまる誘惑を断ち切り、批判やリスクを承知の上で、正しい未来へと続く道に、最初の一歩を力強く踏み出すことです。例え失敗を繰り返したとしても、その道が正しい信念に基づいているのであれば、諦めず、根気強く歩み続けることです。
間違いを犯した時、それを認め、伝える勇気
誰しもが間違いを犯します。これは避けられない事実です。しかし、その間違いを「見なかったことにする」のか、「誰かのせいにする」のか、あるいは「潔く認め、最善の改善策を提案する」のか。ここに、凡人とプロフェッショナルの決定的な差が生まれるのです。自分の非を認め、それを声に出して伝えることは、想像以上の困難と痛みを伴います。実際に評価が下がることもあるでしょうし、信頼を失うことすらあると思います。しかし、そこで自分の非を認め、自分の犯した間違いに対する責任を果たす覚悟を見せなければ、それが習慣化し、やがて「常に困難から逃げる」こと自体が人格へと刻み込まれてしまいます。真の勇気とは、自らの過ちから逃げず、それを正面から受け止める心の強さです。そして、真摯に取り組むことで、弊社のアクシスの一つである、「不満を信頼に変える」可能性すら、生まれてくるのです。
うるさい先輩の言うことを、聞く勇気
「あの上司は、いつも小言ばかりだ」、「あの先輩は、自分のやり方を押し付けてくる」、そう感じたことはないでしょうか。しかし、後に振り返れば、その「うるさい」先輩や上司こそが、私の成長にとって、最も重要な存在だったと断言できることが、多くあるのです。すべての上司がコミュニケーションに優れている訳ではありません。その言葉が、耳障りなことも多くあるかと思います。ですが、その裏には、経験に裏打ちされた知恵と、部下の成長を願う思いが隠されていることが多いのです。真の勇気とは、単に相手の言葉を耳に入れることではありません。それは、自分とは異なる視点を受け入れ、行動することで、自分の殻を破る覚悟です。たとえ自分と異なる意見であっても、まずは受け止める姿勢が大切です。真のプロフェッショナルは、常に成長の糧を探し、受け入れ、行動を起こす勇気を持つものなのです。
助けを求める勇気
「人に頼るのは、恥ずかしい」、そう考える気持ちも理解できます。特に、リーダーという立場になれば、弱みを見せることを恐れる傾向が強くなるでしょう。確かに、簡単に「出来ません」と言ってしまうことは、自身の成長を阻害するので、やるべきではありません。しかし、世の中には、自分一人では決して解決できない問題が山ほどあります。だからこそ、弊社では「スピルバーグ(最高の映画・プロジェクトは一人ではつくれない)」と題して、チームで働くことの重要性を説いているのです。真の勇気とは、自分の限界を認識し、それを素直に認め、そして、迷わず他者に助けを求めることです。本当に自らが全力を尽くし、万策尽くした上であれば、仲間もそれを理解し、喜んでサポートしてくれることでしょう。不必要なプライドは捨て、謙虚に仲間の協力を求める勇気を持つことはとても重要なことなのです。
人を陥れることなく、自分が這い上がる勇気
真の勇気を持つ者は、他者を蹴落とし、陥れることにエネルギーを費やしません。ひたすら「自分のプロジェクトを成長させる」「自分の能力を高める」「部下を成長へ導く」という、本質的な努力に集中します。人の悪口を言いふらし、貶めることは、誰にでもできます。しかし、それをしている間は、自分自身が向上することはありません。人を陥れることに時間と労力を使っている間に、真の勇気を持つ者たちは、自分自身が上へと這い上がっていきます。そして、その努力の尊さと将来性を感じた人たちは、自然とその人の周りに集まってくるようになるのです。そうやって、人を陥れる人と、真の勇気を持つ人の差は大きく広がって行くのです。正々堂々、自分の努力で高みを目指す。これこそ、商道における潔さであり、真の勇気の現れです。
おそらく、真の勇気が必要な局面というのは、上記に限ったことではないでしょう。そして、真の勇気とは、上の立場であればあるほど、ますます必要になってくるものなのです。
例えば、先輩の言うことを聞くことは、仕事ですから、ある程度できることですが、後輩の言うことを聞くことは、誰かに強制されることではありません。しかし、自分の見識を深め、成長していく上では、部下の声に耳を傾けも、非常に重要なことなのです。
自らの権威に安住せず、時には耳の痛い意見、自分の考えと異なる意見であっても、それを真摯に受け止め、議論を交わす度量が、リーダーには求められます。
私は、7年かけて、弊社のあるべき姿を「TOPC Axis(座標軸)」にまとめました。これは、迷った時に「自分がどうあるべきか」を示すため、社員全員に伝えたいと強く願ったからです。当初、私が何をやっているか、理解する人などいませんでした。週末、一生懸命にまとめて送っていたメールも、本当にみんな読んでくれているか、正直分かりませんでした。
しかし、私は7年間、ずっと私の思いを伝え続けてきました。
真の勇気と言うのは、例え周囲の批判にさらされる中でも、理解してくれる人がいない中でも、自らの信念に基づき、ただ一つずつ、やるべきことをやり続ける姿勢から始まります。「これをやれば勇気がある」と言えるものではなく、一つ一つをただ積み重ねる姿勢が、その人の人格をつくり、やがて周囲の信頼を集めるようになります。将来を見据え、自分が正しいと思う道をただひたすら歩み続ける勇気。真の勇気とは、リーダーに絶対に備わっていなければならない、とても大切な要素なのです。
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