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経営者の視点から ~ 親から学んだこと ~

2026年4月27日



私は、18歳まで弟二人とともに両親に、福岡の田舎の方で両親に育てられました。渡米の理由を聞かれると、よく「ソビエトが崩壊し、ドイツの壁が壊れたあと、これから米国一強体制が始まるだろう、そしてどの仕事をするにせよ、英語が有効な時代になるだろうと思ったから」ともっともらしいことを言いますが、実は心理的な大きな理由の一つは、「両親・家族のもとをさっさと離れたかったから」であったことは間違いありません。 

 

父は高卒で電電公社に入り、電信柱に登ったり、電話の基盤を修理するような仕事をしていました。真面目ではありましたが、勉強熱心かは疑問で、私が読んでいた吉川英治の三国志を見て、父も読む、と言って読み始めたと思ったら、「このまま劉備が勝つとやろうが。面白くなか」と言って途中で読むのをやめてしまい、子供ながらに呆れたことがありました。母が私に残した格言で一番心に残っているのは、「早飯、早〇そ、貧乏ゆすり」で、飯はさっさと食べろ、トイレはさっさと済ませろ、勉強をしながら貧乏ゆすりをして、ついでに運動をしろ、というものでした。お陰さまで、いまだに妻には「あなたは競争でもしてるの?」と言われるほど、無意識の際はがっついて食べますし、仕事に集中していると、つい貧乏ゆすりをしていることがあります。皆さまにも、私に染み付いた下町感で、ご迷惑をお掛けしていることが多々あるかも知れません。父は酒飲みで、子供が起きている間に帰ってくることは少なく、帰ってきたと思ったら夫婦喧嘩をするし、子供たちが高校・中学になる時には、今度は親子喧嘩で肋骨にヒビを入れたり、壁に穴が開いたり、窓ガラスが割れたりと、怒号が飛び交う家でした。今思い出すと苦笑いですが、当時は何とかこの家を出たい一心でした。 

 

留学費用をそのまま出せるような家でも無かったので、高校三年の時から土方をして留学費用を貯めに入りました。親が半額は工面してくれたものの、お金が尽きるたびに佐川急便にお世話になったり、土方に帰ったりをしていたので、大学卒業に6年かかりました。 

 

私は、ずっと長い間、ただ友人にあって私に無いものばかりを見ながら、両親に不平不満を抱いて生きてきたことは間違いありません。 

 

就職後は立派なスーツを身につけたビジネスマンに囲まれ、マンハッタンや、シリコンバレーでキャリアをスタートさせました。早く父の年収を追い越してやりたいという気持ちであふれていました。 

 

しかし、就職後、帰国したある朝、ペラペラのスーツに合皮の革靴で出かける父を見かけて、「もっといいスーツを買えば良いのに…」と思った時、そしてチリ紙すら一度使っただけではもったいないと捨てない母を見た時に、どうやって両親が子供たちの大学費用を工面していたかに気づきました。 

 

両親がしていたことはただ一つで、自分たちが持っている能力の中で、最大のものを子供たちに与え続けるだけだったのです。ただ毎日食事が出る、小さいなりにも家があり、家族が安心して住める環境がある、服を買ってもらえる、そのような当たり前のことをコツコツと子供たちに与え続けていました。子供たちはその当たり前がどれだけ恵まれていることなのかすら、気づきもしないというのに。そして子供たちが大学に行った際には、コツコツどころか、親が学資ローンを組んで何とかお金を工面してくれていました。 

 

高卒で公社に入れば、高い給料を望むことが出来ない時代です。それを見た母は私が大学に行けるようにと、2週間に一回、子供たちを図書館に連れて行って、本を15冊借りるのが習慣でした。一日一冊ペースで子供の頃は読書をしていたお陰で、私は無事に大学に進学し、今の職業に就く基礎ができました。 

 

自分たちが出来ることを精一杯やっていたとしても、子供たちは文句ばかり言って、腹が立つことも、悔しかったことも何度もあると思います。それでも、子供たちが大学を卒業するまで、ずっと成長を支え続けたのが両親でした。 

 

両親は、そうやって私が大学に進学し、就職する基礎をつくってくれましたが、もう一つ、同時に会社を経営をするということの基礎もつくってくれていました。 

 

"常に社員の成長を願い、自分が持つ能力の中で、最大のものを社員に与え続けること" 

 

これ以上に経営に必要な基礎はありません。それが伝わっていようが、伝わっていまいが、黙々と、淡々と、ただ社員が働きやすいように、お客様により良いサービスを提供できるように、社会に貢献できるように、会社の基礎をつくっていくのが経営者の仕事です。たとえ理解されなかったとしても、自分を信じてこの会社で働いてくれている社員たちのために、ただ日々努力を続けていく。それ以上に経営者にとって大事なことはありません。 

 

気づくのにだいぶ時間がかかりましたが、両親が与えて続けてくれていたものこそが、経営の要諦と呼ぶべきものなのです。そして、親ほどの愛情を持って経営に向き合えているのか、どれだけの努力を続けることが出来ているのか、そこに経営者の資質が問われるのだと思います。  





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